- 2007年8月 2日 05:25
- PJ opinion
【PJ 2007年08月02日】- 与党が大敗した参議院議員選挙。与党敗北の大きな原因の一つは年金問題だったと、マスコミ各社は分析している。年金記録の統合が完了していない問題が市民に不安を与えたことは確かだ。保険料を支払ったのに、それに見合った年金を受給できないとなれば、大騒ぎになるのは当たり前だ。だが、年金未統合は選挙の争点になるような問題だったのか、マスコミが市民の不安を過剰に煽(あお)ったのではないかと、わたしは思っている。
年金記録の早急な確認を必要とするのは、実際のところ、受給年齢に達している人や、間もなく受給年齢に達しそうな人たちだけだろう。20代や30代の人が現在までの年金記録を確認しても、実際に年金を受け取るのは30~40年後だ。受け取る時期が近づけば、再度の確認が必要になるだろうから、今確認してもほとんど意味がない。むしろ、確認が必要な人の確認事務を遅らせることになっているのではないだろうか。
マスコミは、現役世代に対しては「年金記録が不明になることがあるから、納付記録や勤務記録を保管しておきましょう」、高齢世代に対しては「納付記録を窓口で確認しましょう」と呼びかけるべきだった。騒ぎが無意味だったとは言わないが、社保庁事務の不手際は不手際として追及する一方で、どうすれば自分の年金を守れるのかを、具体的に説明すべきだった。市民よりも政治家に近い視点から年金報道を続けたマスコミに、年金問題を参院選の争点にしてしまった責任がある。与野党が交代しても年金問題の解決にはつながらないのだから、争点になりようがなかったのに。
日本の政界には、選挙前にはスキャンダルばかりが大きく取り上げられ、落ち着いた議論は選挙後に行われる悪(あ)しき習慣がある。今回の年金問題も典型的で、選挙前には社保庁の不祥事・不手際が騒がれた。選挙が終わって、いよいよ年金問題の本質的な議論が始まることを期待したい。年金制度が本当に必要なのか、年金に注目が集まっている今の時期だからこそ、議論できるのだ。
現在の国民年金制度では、現役世代が納付した年金保険料をそのまま高齢者に支給している。自分が支払った保険料を受け取るのではなく、若い人が高齢者の生活資金を負担していることになる。このような年金の仕組みを賦課方式と呼ぶ。
年金には、国民年金などの公的年金のほかに、生命保険会社や郵政公社が運営する民間年金がある。民間年金は、自分が払った保険料を積み立て、その積立金を将来受け取る「積立方式」をとっている。経済状況によるわずかな変動はあるにしても、保険料を支払っている時点で将来受け取る年金額がわかる。払込と給付が明確にわかる点で、民間年金は定期預金などと同列の「金融商品」である。
これに対して、公的年金は「金融商品」ではない。将来受け取る年金の額が全く見通せないからだ。政府が示す将来の支給額はあくまでも目安に過ぎず、その意味で、年金は公的な相互扶助システムの一つとして捉(とら)えるのが適切だ。
現在、年金を受け取っている世代は、現役時代に納入した保険料総額の3~5倍の年金を受け取る。その3割は国庫負担で、税金から支出されている。この国庫負担割合は、2004年から引き上げられており、2009年度には5割になる。1945(昭和20)年生まれの人は、2010年から老齢年金を受け取ることができるが、40年加入の場合、納付総額は390万円で、月額6万円(年額72万円)を受け取る。現在の国民年金保険料は約1万5千円であるので、現役世代2人が納付した保険料(1万5千円×2)に国庫(税金)からの3万円を加えた額を受け取っている勘定になる。
世代間の相互扶助を掲げながら、その半分を税金から支出する制度は、中途半端ではないだろうか。社会保障の一環と捉えるなら、全額を税金で賄ってもいい(税方式)。完全な相互扶助を目指すなら、納入された保険料を、受給者全体で頭割りにすればいい(保険料方式)。
政府は、加入者が支払った保険料の実績に応じた額の年金を受け取る「社会保険方式」を堅持する考えのようだが、わたしの個人的な考えを申し上げれば、高収入層と低収入層に二極化する社会では、社会保険方式は無意味だと思う。年金制度全体(国民年金・基礎年金と厚生年金)を考えると、保険料を支払えた人だけが多額の年金を受け取り、支払えなかった人は年金制度の外で生活保護を受けることになる。
社会保険方式は、受益者負担の原則に沿ったものだが、年金受給権がある人には税金で一部を賄う年金、受給権のない人には全額を税金で賄う生活保護、という不公平が生じるだろう。この不公平を解消するためには、高齢者の生活保護と年金を組み合わせた制度が求められる。ただ、高収入層が低収入層を支えることについて、社会的合意が得られるかという最大の壁がある。実施には、累進税率による所得の再分配機能を利用するほかなく、必然的に高収入層への増税が行われるからだ。この点について、議論の深まりを期待したい。
昭和60年以降に生まれた人の場合、受け取る年金の見込み額は納入した保険料総額の1.7倍でしかない。このような世代間の不公平を考えると、年金はすでに破たんしているのかも知れない。この年金システムを継続する必要があるのかという基本的な問題は、日本の国家像と不可分な問題である。社保庁叩(たた)きが一段落しつつある今、30年後、50年後の社会保障制度を議論すべき時に差し掛かっている。年金収支のそろばん勘定だけではなく、理念の提示が必要だ。【了】
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