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陰謀論は蜜の味

  • Posted by: 小林亮一
  • 2008年2月27日 17:09
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海外から帰ってきて、久しぶりにPJオピニオンを見たら、アゴが外れるぐらいのオピニオンがあった。「三浦氏逮捕とポルノ禁止が教える軍靴の足音」。

【PJ 2008年02月25日】- 嫌なニュースが24日、朝刊の一面を飾った。三浦和義元被告(60)逮捕と児童ポルノ禁止法改正の動きである。これらの事態は、わが国を確実に戦争に向かわせるため、国民統制を強化し始めた合図に見えてならないからである。

この時代に国民統制ですか?どうしてそうなるのか、続きを読んでみましょう。「風が吹けば桶屋が儲かる」ぐらいの論理は展開されるのでしょうね。きっと。

「ロス疑惑」の元被告が追った和歌山毒カレー事件

 三浦氏は23日、サイパン島の空港で身柄を拘束されたと報じられている。容疑は27年前、妻の一美さんを知人女性にハンマーで殴らせ、自身と妻を銃撃させた「ロス疑惑」と発表された。しかし、殴打事件では服役を終えており、銃撃事件は2003年に最高裁で無罪が確定している。事件後サイパンには何度も旅行しており、今回の逮捕は思惑があったとしか思えない。

知人に妻をハンマーで殴らせて、その直後に妻が銃撃されて死亡しています。捜査時に、この2つの事件をつなぎ合わせて考えない方が不自然です。最高裁では、検察が立証できなかっただけのこと。裁判での有罪無罪と、犯人かどうかは常に別次元の問題ですね。裁判とは、そういうものです。サイパンに何度も旅行していると、潔白が証明されるわけでもない。ロス市警の「思惑」ももちろんありますよね。日本国内で逮捕できるのは日本の司法当局だけで、最高裁で無罪判決が出たから、日本の司法当局は動けない。属地主義のアメリカが、日本とは別に捜査・裁判をやろうと思ったら、アメリカに来たときに逮捕するのが一番簡単。それが思惑でしょ。

潔白が証明された三浦氏が近年、熱心に取り組んできたのが、和歌山毒物カレー事件の林眞須美被告の支援である。1998年7月、町内会の夏祭りで作ったカレーに毒を入れたとして逮捕・起訴された眞須美被告には1審、2審とも死刑判決が出されたが、無実を主張して上告中。三浦氏は「林眞須美さんを支援する会」を立ち上げ、積極的に講演会を開き始めていた。

潔白が証明されたんじゃないです。公判時、犯人と結論づけるには十分な証拠がなかったというだけです。繰り返しますが、裁判とはどのような場合でも、そういうものです。

毒物カレー事件の起訴内容は、矛盾だらけである。林家が保管していたヒ素は亜砒酸(あひさん)の結晶で、カレーに混入されてもすぐに中毒症状を起こす可能性は低い。台所から押収されたとされるヒ素が付着したポリ容器を「見たことがない」と証言している。

林家にはシロアリ駆除用に保管していたヒ素があり、検察はグラフによって「似ている」との結果を示した。しかし、弁護側が数値による再鑑定を請求したところ「同一でない」との結論が出る。裁判所は内緒で鑑定人に再鑑定を要請し、同一性を認める内容に変更された。眞須美被告は次女とずっと一緒にカレーの番をしており、次女は味見もしている。次の人たちに交代したのは、事件発生の5時間前である。

この部分、全く意味不明です。亜ヒ酸は農薬に使われる毒物で、一定以上の量を口に入れたらすぐに症状が出ます。急性毒性と慢性毒性を混同していませんか?グラフによる鑑定と、数値による鑑定ってなんですか?数値がないとグラフは描けないんですが。弁護側鑑定の話はよく分かりませんが、鑑定人が「同一性がある」と結論したんですよね。なにが問題なんでしょう?

検察側主張の矛盾について触れられていますが、最高裁の判例では、十分な合理的立証がされればよい、とされています。マークシートを塗りつぶして有罪無罪をコンピューターで決めるわけではないですから、ある程度の矛盾は許容されて然るべき、というのが最高裁判例です。矛盾を追及することは大事ですが、要は、裁判の場で裁判官に伝わる合理的疑問を展開できるかどうかです。

和歌山地裁は「動機を確認できなかった」としながら、「ヒ素を混入する機会のあったのは被告だけだ」という理由で有罪とした。眞須美被告は黙秘権を行使してきたが、この判決を受け、2審ではありのまま話すことにした。同居人と夫婦の間で共謀し、死なないようにして保険金詐欺を繰り返していたのだ。

被告は「金もうけのためなら別として、(カレー事件は)何の利益にもならない。それにヒ素ならすぐにうちがやったとばれるので、そんなばかなことはしたい」(『日刊ゲンダイ』2004.10.14)と発言している。ところが2審の大阪高裁は「突然、2審で話すはずがない。被告人の話は信用できない」と退けた。

これらの状況証拠だけで有罪判決を出せるのか、というのは議論のあるところですね。悪いことをしていた人はきっと悪いことをするだろう、というのは、なんでもかんでも国家の陰謀と考えるのと同じレベル(笑)。高裁でも最高裁でも、これらの状況証拠だけで判決を下すことの是非について判断が出るでしょう。ヒ素の再鑑定は微妙ですけど。

これら事件の真相を読者はご存じかもしれないが、マスコミ報道にしか接しない国民は知らないはず。支配に支障を来す記事など、決して載ることはないからである。三浦氏は昨年4月、コンビニエンスストアで万引したとして逮捕されたニュースが大きく報じられた。ところが三浦氏は法廷での徹底抗戦に出たため、日本の警察がFBIに逮捕を要請し、27年前の容疑による逮捕に踏み切ったのかもしれない。

陰謀論の書き出しは「真相を知っている人は少ないかも知れないが」に決まってます。知らされないのも陰謀ですから。それにしても、万引きの裁判で、あれほど明瞭な防犯カメラの映像があって、それに対して徹底抗戦って、普通は考えられないですね。弁護人の主張を聞いてみたいものです。しかも、徹底抗戦を受けて、警察がFBIに逮捕を要請したかもしれない、って。「かもしれない」にしてもそれなりに根拠は必要じゃないですか?

権力の意志で犯人を仕立てるマスコミ報道
マスコミで報じられる事件は疑ってかかった方が良い。秋田の児童連続殺人事件の畠山鈴香被告、幼女連続誘拐殺人事件の宮場勤受刑者、神戸少年事件で「酒鬼薔薇(さかきばら)」と同一人物とされた少年A、元大学教授の植草一秀被告に至るまで、少しネットを検索すれば、報道と正反対の事実が山ほど出てくる。

宮場勤ってだれ?という突っ込みは置いておいて、「少しネットを検索すれば」ですか?うーん。疑ってかかることも大切ですか、どんな情報を信頼すべきか選別することも大事ですね。残念なことにPJニュース(特にPJオピニオン)は、世間一般に信頼される情報源にはなり得てないですね。左巻きのクルクル記事がたまにありますから(笑)。それを排除しないところがpreciousなんですがね。本当は、そういう左巻きのクルクル記事に反論する記事を書かなくちゃいけないんですが、クルクル記事の内容は脈絡なく発散してしまっているので、いちいち反論するのが面倒で。すみません。

事件がもたらした影響も、後ではっきりすることが多い。毒カレー事件の結果、保険金が下りにくくなった。ちょうど規制緩和で保険の「第1分野」「第2分野」が解禁され、中堅の生命保険会社が次々と外資に買収され始める矢先である。少年犯罪が減る中での少年事件の大報道は、捜査権限を広げる少年法改正の契機になった。植草氏の逮捕は構造改革の進行と並行した。

影響は、後ではっきりするに決まってます。ある事象Aの与える影響Bについて、事象Aの起こる前に得られるのは影響Bについての推論や予測だけです。「因果律」と呼ばれます。

保険金が下りにくくなったのは、詐欺の手口がマスコミで大々的に報道されたことを受けて調査が厳しくなったからですよね。詐欺が蔓延すると、保険料が上がって、困るのは善良な加入者ですよ。

重大な少年犯罪がこれだけ増えていて警察の捜査権を拡大しない方がおかしい、とわたしは思います。命を奪われた人の家族に、殺したのは少年だから通常の捜査しません、ってことはないでしょう。少年法が触法少年の保護育成を理念としていることは理解するし、日弁連も改正に大反対だったことも知っていますが、被害者感情を考えれば、きちんと捜査すべきです。少年の人権と事件の捜査は、切り離して考えるべきものではないですか?

今回の三浦氏逮捕は、毒カレー事件が語られることを防ぐためではあるまいか。警察が国民を守るためにあり、司法が公正なものであると見せなければ、支配は維持できないからである。1つの事件をきっかけに、あの事件もこの事件もみんなえん罪と分かれば、わが国の司直が外国のために自国民を弾圧する装置であることがばれかねない。一連の講演会が体制崩壊の起爆剤になる可能性もあったはず。

論理的に破綻しています。警察が国民のためにあり、司法が公正であることを、三浦氏の逮捕が示しているのでしょうか。「支配」という言葉があちこちに出てきますが、支配されている実感があるのでしょう。その実例を示すことの方が先です。

どの事件も、起訴前に一人の人物を犯人として描く映像がニュースに出ること自体、おかしいと感じた人は多いだろう。賢明な国民はかえって、意図的な逮捕であると確信したはず。「ロス疑惑」のときも三浦を断罪する報道が洪水のように流された。林眞須美被告がカメラマンに笑いながら放水する場面や、髪を染めた畠山被告が携帯で話す場面がNHKの『ニュース7』で流されるのは、別に真犯人がいるとのメッセージと解すべきではないか。

このあたりになると、反論する気も失せます。笑って放水したり、髪を染めて携帯で話せば、犯人ではないというメッセージを視聴者に伝えることができるのですね。そして、そのメッセージを受け止めた人が、冤罪事件として支援してくれる、と。よく覚えておきます。

毎日交通事故で30人近くが死亡し、100人近くが「自殺」しているのに、たった30分の全国ニュースで5ー6分も費やしているのだ。コンビニでわずか3000円分のサプリメントを盗んだ事件が、わが国の最も権威あるニュース番組に取り上げられる意味を考えなければいけない。サイパンで三浦氏が逮捕された件についても新聞は、米国での処分を終えていないことや、日米の司法観の違いを主張する学者の見解を載せ、逮捕を正当化している。

ロス疑惑であれほど世間の注目を集め、カレー事件は冤罪であると主張してきた三浦氏が万引きして、防犯カメラの映像も明瞭なのに、伝えないわけがないと思いませんか。今回の万引きは現行犯逮捕で、裁判で犯罪事実について真っ向から否定するなんてあり得ないと思いますけど。

反中感情のあおりと並行する治安強化
 一方、児童ポルノ画像への規制は、誰でも逮捕できる口実をつくる。記事によれば、自民党は23日、児童ポルノの画像や写真を個人で集める「単純所持」の禁止を盛り込んだ児童売春・ポルノ禁止法改正を行う方針を固めた。同法は1999年に施行され、児童(18際未満)の性的に刺激が強い写真や画像、ビデオについて販売や提供目的での所持、ネット公開などを禁じている。

 単純所持が違法になれば、すべての男性を捕まえることができる。仮に画像がなくても、メールで送りつければいいのである。適用対象を「収集の意図が明らかな場合に限る」としているが、勝手に登録して「こんなメルマガを購読しているだろう」と迫れば済む。

そんな簡単な囮捜査でいいんですかね。ひょっとして、「国策捜査」ってそんなレベルの話だと思ってたりする?どのサイトを見ると、そんなことが書いてある?

注目すべきは、今回の法改正が米国政府の要望で決まったことである。鳩山邦夫法相は4日の衆議院予算委員会でも、単純所持の処罰規定が必要と述べている。この動きは、毒ギョーザ事件やサッカー、ハンドボールでの確執など中国や中東に対する悪感情のあおりと軌を一にしている。

児童ポルノ規制の問題は、そもそもは、アメリカの国内問題という気がします。日本のネットで出回っている児童ポルノがアメリカで出回ってしまっているから、日本に規制を要請したんですよね。日本も無修正画像の規制を、アメリカに要請すればいいのに。アメリカの要請を受けてしまうのは、論理的に相手を説得できない日本人特有の弱さかも。「児童ポルノの単純保持は悪くない」という論理を組み立てるのは、なかなか難しいです。

中国や中東に対する悪感情って。悪いことしてれば怒るでしょ。ギョウザに農薬入れて、ろくに調べもしないで「自分たちは悪くない」って言ってみたり、審判買収してみたり。食品の安全と、公正なジャッジぐらいちゃんとやれよ。

われわれは同じアジア人が血みどろの殺し合いに持ち込まれるのを避けなければならない。そのために、マスコミ報道を真に受けてはならない。捕まった人がいたら、何かいいことをしていたのではないかと勘繰るべきではないだろうか。【了】

アジア人限定ですか?わたしは、ヨーロッパの人とも、アフリカの人とも、アメリカの人とも殺し合いなんかしたくないです。マスコミ報道を真に受けようが受けまいが、殺し合いはしません。

人間は、悪いこともいいこともしながら生きています。ただ、悪いことは多くの場合回復不能です。どんなにいいことをしていても、人を殺したらアウトです。捕まったけどいいことをしていたんだろうな、と勘繰るのは、とても崇高な理念だと思いますが、時と場合によるでしょう。

 

結局、「風が吹けば桶屋が儲かる」程度の論理すら見つけられませんでした。どんなことでも国が悪いことにしないと気が済まない、という印象です。あらゆる事件から、自分に思いこみに沿うところだけを抽出して、陰謀論を作り上げてしまう。「論」ではないですね。「論」になってませんから。最近、こういう主張を眼にすることが多くなりました。「オレ様だけが知っている本当のことをお前らに教えてやる!えっへん」と聞こえてきそうです。

こんなPJオピニオンは、さぞたたかれてるだろうなと思ってネット検索していると、雑記ワイルドというブログで"柴犬ぷぅ"さんの突っ込み記事を見つけました。"柴犬ぷぅ"さんは数少ない(ひょっとするとただ一人の)PJニュースウォッチャーで、URLに"ryota1970"とあるのから推察すると、"柴犬ぷぅ"さんはわたしと同じ年代。同年代の方が常識的な主張をなさっているのを見ると、なんとなく嬉しいです。他を探しても批判記事が見つからないのはちょっぴりさみしいですが、今のPJニュースはこんなものなのかもしれませんね。記念にTBを送らせていただきます。

あー、疲れた。左巻きの陰謀論に付き合って、せっかくの休暇を無駄にした。

あ、こんな批判をブログに書いちゃうと、編集長や他のPJに叱られるのかなぁ。叱られたら消す(笑)。

書いちゃったからいいか。えいっ!投稿!

政策と品行、どっちも大事だ

  • Posted by: 小林亮一
  • 2007年7月23日 14:31
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PJ跡見さんの記事政策と品行と、どっちが大事なのか

 「マスコミは政治家の不正ばかりを追及しているが、もっと大事なのは政策を実行する能力があるのかどうか、ではないのか」との論旨です。わたしは跡見さんの意見に総論賛成ですが、各論については異論があります。

 政治とカネの問題。昨今、政治資金をどう集めてどう使っているのかは、マスコミも対立する政党も市民団体も、注視しています。そんな情勢だから、ちゃんと政治をやりたいのなら、政治資金の問題ぐらいはクリアしないといけないのではないでしょうか。それも、一年間に数百万程度の話です。マスコミに騒がれないような身づくろいをしてなければいけないと思います。たった数百万程度のお金もちゃんとできないのに、一般会計で80兆、特別会計も含めれば300兆にも及ぶ日本の財政を任せるわけにはいかない、という言い方もできます。

 跡見さんは「たとえ帳簿に嘘(うそ)を書いていたとしても、人件費やお歳暮などに使ったのなら、倫理的な問題はそれほどないはずだ。帳簿が間違っているだけで、カネの使い方は間違っていないからだ。」と書かれていますが、わたしはそうは思いません。人件費がかかるのなら、人件費に計上すべきです。お歳暮や慶弔費に政治資金を使うのは間違っています。公職選挙法で禁止されている用途に政治資金を流用したのなら、そもそも議員としての資格がありません。帳簿をきちんとつける、流用はしない、というのは、法に定められた政治家としての最低限の道徳です。そのことばかりに目が行ってしまっているマスコミの姿勢は批判されてしかるべきだと思いますが、だからと言って見逃してい問題だとは思いません。「政治とカネ」がマスコミにこれほど取り上げられる時代なのですから、せめて金の話ぐらいは、ちゃんとして欲しいと思います。

 「徳」という言葉があります。日本に限らず、アジア的政治は、リーダーの徳によってなされてきました。中国も、朝鮮もそうでした。現代のタイやシンガポールもそうです。市民は、徳を備えたリーダーを信頼し、その政策を(時には盲信的に)支持する伝統的風土があります。「わたくしの不徳の致すところで」などと簡単に口にする政治家がいますが、この伝統的風土の中では、徳がないということは、即ち、民衆の信頼を得て政治家になる資質がないことで、致命的欠陥です。軽々しく「不徳」などと言ってはいけないと思います。価値観が多様化して、「徳」の意味するところは曖昧になりつつありますが、マスコミが閣僚のスキャンダルを必死に追求するのは、その閣僚に「徳」があるかどうかを明らかにするのが目的なのでしょう。マスコミが自覚しているかどうかは不明ですが、極めて日本的だと思います。

 このような風土の中では、政治家のスキャンダルはともかく政策はどうなのか、という報道姿勢にはなりにくいでしょう。まして、官僚の言うなりに政策が立案されている状況では、誰が政権を取っても、政策に優劣はつけがたい。そう考えてくると、政治なんて、ごく少数の清廉潔白な人に任せればいいと思えてくるのです。そのことは記事に書きました。報道も、スキャンダルと無縁な人が政治をして初めて、政策中心になるのでしょう。情けない話ですが。

原発は必要だ。

  • Posted by: 小林亮一
  • 2007年7月23日 13:52
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原子力発電所で事故が起こると、中越沖地震に学べ! 原子力発電は本当に必要か?のような記事が出る。全電力の1/3が原子力発電でまかなわれているのに、いまさら「必要?」と漠然とした疑問符をつけてみてもしょうがないのではないだろうか。

 このような記事の中で決まって使われる言い回しは「一人一人が節電を心がければ、原子力発電に頼らなくても済む」。どこをどう節電すれば、1/3もの電力を減らせるのだろう。そもそも、各家庭で使っている電力など、1/3にも満たない。1999年度の値では、年間総電力消費量8169億kWのうち、家庭用は32パーセントにすぎないのだ。どんなに節電しても原発はなくならない。

 中越沖地震で、放射性物質を含んだ水が日本海に流れ込んだ。その放射線量は9万ベクレル。ラドン温泉に含まれる放射線量が1リットル当たり200ベクレル程度と考えると、450リットル相当。お風呂1~2杯分だ。記事が指摘するような、「深刻な問題」だろうか。

 この点を考えても「日本人は、原子力発電の危険性を甘く見ていないだろうか」という指摘は当たらない。事実、人体が浴びる自然放射線の量程度のわずかな放射性物質の漏洩で、これほど大騒ぎしているではないか。

 原子力発電にもリスクはある。火力発電にも、水力発電にもリスクがある。現状の風力発電、太陽光発電では、設備を作るエネルギーのほうが、生み出されるエネルギーよりも大きい。リスクとベネフィットを秤にかけて、エネルギー源を選ぶのは当たり前のことで、リスクのみを論じてみてもはじまらない。

 安全と安心を混同してはいけない。安全には、100%などありえない。しかし、リスク管理も含めて、安全がどう保たれているのかを知ることで、人々は安心を得ることができる。原子力発電からの脱却が事実上不可能な情勢で、電力会社に求められるのは、情報公開と、事故が起こった時の速やかな対応、速やかな改善だろう。原発が危険か安全かの議論は、具体的なデータに基づいてのみ意味がある。

 「原子力発電が安全なのか?そして必要なのか?」という議論はさんざんされてきた。それでも「原子力発電が必要」と考えている人が55%いるという事実を、どう考えるのか。

「植草教授は無罪」と確証できる材料があるか

  • Posted by: 小林亮一
  • 2007年7月16日 18:15
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PJニュースやPJオピニオンに掲載された記事の中には、納得しかねる内容の記事も時々あります。反論記事には、その記事の主張が間違っている点を挙証しながら論じる必要がありますが、裁判が進行中の事件だったりすると、独自の取材は難しいこともあります。独自の取材が無理な場合には、このブログに反論記事を書くことにしました。

 15日のPJオピニオン「「植草一秀教授は無実だ」、検察が矛盾とわたしは見る」では、東京地裁で行われている植草教授の裁判について、検察側の主張の"矛盾"が指摘され、検察側証人による証言の信憑性について疑問が述べられている。記事は、被告の逮捕は国策逮捕であり、「いかなる判決が出ようと、植草氏が犯行にかかわっていないことを確信した。」と結ばれている。マスコミ各社が植草被告の有罪を念頭に置いた報道をしている中で、被告を擁護する記事は珍しいが、「マスコミによる露骨な印象操作」(同記事より)によって形成された世論をひっくり返すためには、客観的な事実の積み重ねが必要だ。以下、元記事(太字で示した)を引用しながら、問題点を挙げたい。


【PJ 2007年07月15日】- 痴漢の罪に問われている経済学者の植草一秀氏の裁判が7月18日に求刑が言い渡される予定である。昨年12月から始まった公判で検察側の矛盾が山ほど明らかになったが、マスコミは一切報じない。そのため国民の大多数は、彼を変質者だと思っているようだ。彼の名誉と公正な言論空間を守るため、ここで事件を疑ってみたい。

 国民の大多数が植草被告を変質者と思っているのは、2004年4月8日、品川駅のエスカレーターで女子高生のスカートの中を手鏡で覗こうとしたとして逮捕された事件が原因だ。裁判の中で、植草被告は「天地神明に誓って無実」と主張したが、2005年3月23日の東京地裁判決では、罰金50万円、手鏡没収の有罪判決が言い渡された。この判決に対して、植草被告は控訴せず、有罪が確定している。無罪と言うなら、なぜ控訴しなかったのか。冤罪を主張しながら控訴しない理由はどこにあるのだろうか。裁判という公開の場で無罪の立証を放棄しながら、周囲には冤罪だと言い続ける。これほど裁判を馬鹿にした話はない。国民の多くが、裁判の結果を素直に受け入れ、女性のスカートの中を覗き込む性癖が、植草被告にあると考えたのは当然のことだ。そして、同様の性犯罪を犯したとして逮捕された人間が無罪を主張しても、擁護しないものまた、当然のことだと言わざるを得ない。「捕まったらとりあえず無罪を主張する」という思考回路をその人が持っている、と推定することに何の不思議もない。


異常に素早い処理、被害者不在の法廷
 事件が起きたのは、2006年9月13日午後10時すぎ。京浜急行下り列車内で女子高校生の尻をスカートの上から触ったとして、東京都の迷惑防止条例違反で逮捕された。報道によれば、被害者が「やめてください」と声を上げたため異変に気付いた男性2人が取り押さえ、駅事務室に連行した、とされる。
 しかし、肝心の「被害者」は一度も出廷していない。植草氏は女性と話しもさせてもらえず、力づくで引き離され、ホームに引きずり出されている。1月25日の公判では、蒲田駅に到着してから蒲田署の担当巡査が出動指示を受けるまで、わずか3分しかかかってないことが、警察の記録により明かされている。これは周到な準備がなければできないことではないか。おまけに12月20日の第2回公判では、検察側目撃者が、取り押さえた男性のことを「私服」と呼んだ。これは何を意味するのだろう。
 この「私服」と呼ばれた男は、3月28日に驚くべき証言をしている。彼は一人で植草氏をホームに連れ出し、しばらくしてから別の協力者に植草氏を運ぶのを手伝ってもらった。ホームに降りてしばらくして「駅員さんを呼んでください」と周りの人に頼み、駅員に来てもらったと話している。これだけのことが3分以内にできるわけがない。逮捕者が私服警官なら、証言台に立って身分が発覚すれば大変なことになる。だから、替え玉を証言台に立たせるしかない。しかし、替え玉は事件のことを知らないから、このような「失言」をするのではないか。

 性犯罪の被害者が出廷しないのは、よくあることだ。被害者の心情をよく考えてみればいい。痴漢行為をされて、その加害者と顔を合わせたいと思うだろうか。被害者なのに、被告弁護人からその時の状況を細かく詮索されることを望むだろうか。被害者の証言は、既に証拠として採用されており、その証拠だけで足りると裁判所が判断すれば、出廷しないのは当然だ。証言に合理的疑いがある場合のみ、被害者の証言を正すのが妥当だろう。裁判は、被告と被害者を対決させる場ではない。被告の犯罪事実を認定し、その犯罪に見合った刑を宣告する場だ。その場に、被害者が証人として出廷するかどうかは、裁判所の判断に任せられる。

 列車が駅に到着してから担当巡査に出動指示が出されるまでの3分間を、記者は不自然だと考えているようだが、列車がついて、痴漢だと取り押さえられている人がいて、駅員が警察に電話をして、受電した警察官が担当官に連絡するまで、そんなに時間がかかるものだろうか。「駅員さんを呼んでください」と頼んだとしても、駅には複数の職員がいるわけで、呼ばれた駅員が通報したとは限らない。その時の状況を検証することなく「できるわけがない」というのは、記者の思い込みに過ぎない。

 「私服」という言葉に過敏になっているようだが、私服警察官が証言台に立って身分を隠す必要があるのか。大変なことになんてなりようがない。取り押さえた男性を「私服警察官」だと、目撃者が思っただけではないのか。「替え玉」などという主張は、記者の勝手な想像でしかない。


公判で次々と吹き出した矛盾
 公判ではたくさんの矛盾が露呈した。現場の位置関係もその一つ。第2回公判で検察側が連れてきた目撃者は、植草氏は女子高生に体を密着させ、前かがみだった。しかし、手に傘やかばんを持っていることは確認できなかった。頭は彼女から離れていたと証言している。しかし、そんな格好は不可能である。この証人は被害者が車内の真ん中に立っていたと証言したが、裁判で計測された被害者との距離77センチを適用すると、被害者は車内進行方向右端にいたことになる。
 植草氏は事件のとき眼鏡を掛けていたことが認められているが、検察側目撃者は「眼鏡については、付けていたか付けていなかったかは覚えていません」と証言した。植草氏は逮捕からこの公判まで約10キロやせたが、この証人は事件当日と「違いはありません」と答えている。植草氏の顔をどこで覚えたかと聞かれ、「インターネットで」と答えた。具体的にyahooと植草氏の応援サイトを挙げながら、それらに「写真はありませんでした」と証言している。
 この証人は痴漢騒ぎがあったことを車内から友人にメールしたと証言。メールが表示されている携帯電話の写真が提出されたが、時間が後の方がバッテリーが多い。
 繊維鑑定では女子高生のスカートの繊維と植草氏の指に付着した繊維との鑑定を行った。結果は「類似」だったが、通常そのような項目はない。「一致」か「不一致」いずれかである。
 これだけでも何一つやった確証がない以上、無罪と見なせるだろう。そもそも被害者は、「それほど込んでいない車内」なら、少し移動すれば済むではないか。

 刑事裁判を傍聴していればわかることだが、目撃者の証言や記憶が"ぶれる"ことも、矛盾することもある。それを一字一句あげつらってもしょうがない。電車の車内で椅子から77センチ離れていれば、わたしも「真ん中」と言うと思うし、体重が10キロ減ったとしても「痩せました」と証言するかどうかは、目撃者の主観だ。メールが表示されている携帯電話の写真に写っている電池の残量表示についても、携帯電話の電池残量は、携帯を握って温度が上昇すると電圧が上がって残量表示が増えることはあることだし、電池残量の精度など、そんなものだろう。繊維の鑑定でも、「一致」「不一致」などと割り切れるものではない。筆跡鑑定でも「類似」とする鑑定結果は過去にいくらでもある。

 「混んでいない車内なら少し移動すればいい」という意見は、被害者を侮辱している。被害者のせいで、事件が起こったという主張なのだろうか。


無実を決定づけた勇気ある目撃者の証言
 さらにやってないことを決定づける証言が7月4日の公判で出された。当日電車に乗り合わせたという男性が、道徳心から名乗り出たのである。起訴状では午後10時8分から午後10時10分の間に犯行があったとしているが、彼はこの時間帯に植草氏が何もしてないことを証言した。初めから植草氏であることをはっきり認識しており、セルロイド製の眼鏡を掛け、つり革につかまってうなだれて立っていたと話した。
 この証人は青物横丁から大森海岸駅当たりまでうとうとした状態になったという。そして大森海岸駅当たりで何か騒がしい感じがして見ると、植草氏が絡まれていたと述べている。品川から青物横丁までの所要時間は2、3分。10時8分品川発の電車だから、容疑の時間帯はとらえている。
 この証人は事件報道を調べていないし、弁護人と打ち合わせも持っていないと証言。検察官が事件がどこであったか知っているだろうと繰り返し問いつめたが、「知らない」と答えた。それでも執拗に「品川から蒲田の最初の3分の1、真ん中の3分の1、最後の3分の1のどこだと思うか」としつこく聞かれると、「それだったら、最後の3分の1じゃないですか!」と腹を立てたように証言した。
 裁判官から「あなたがうとうとしている間に犯行があったのだとしたらそれは分からないのですね」と向けた際には、「はい、それは分かりません」とはっきり答えた。真実をありのままに述べていることが分かる。検察官の「弁護人から事件がどこで起きたのかを聞いているのではないか」との質問には、「全く聞いていない」と答えている。
 ところがマスコミは検察側の主張を覆すこの重大な証言を無視している。産経グループのインターネットニュース『ZAKZAK』では、「ミラーマン号泣、証人出廷に感激…も役立つ証言出ず」と題し、青物横丁駅を過ぎたあたりからうとうとしたとの証言を紹介し、「結局、犯行を直接、目撃していなかった」と断じている。「スポーツ報知」も途中、うつらうつらしていたことを取り上げ、「植草被告の潔白を証明する明確な回答はなかった」と伝える。
 裁判官にとっては、犯行時間である品川駅出発から2分の間に植草氏が痴漢をしたかどうかを知れば十分なはず。していないという証言は、無罪が成立したことを意味する。裁判官が「あなたがうとうとしている間に犯行があったのだとしたら、それは分からないのですね」と聞いたのは、裁判官が犯行時間を知らないからでなく、この証人が植草氏に雇われて被告に有利な証言をしに来たのではないことを確認するためだった。
 この証人は車内で植草氏を捕まえたのは2人だったと明かし、そのときの様子を詳細に述べた。その内容は植草氏の証言と一致しているから、極めて信頼性が高い。2人の逮捕者の一人は3月28日の公判で、車内では自分が一人で捕まえたと証言している。これは、3月28日の証人が替え玉であることを裏付ける。

 証言を捻じ曲げて解釈している。証言者は「知らない」と言っただけで、「やっていない」と言ったわけではない。「知らない」ことは、無罪の材料にも、有罪の材料にもならない。植草被告を捕まえたのは一人かも知れないが、車外に連れ出してから連行する時には、もう一人の協力者がいたとされている。この協力者をどうとらえるかで、一人と二人という差が出てもしょうがないだろう。


マスコミによる露骨な印象操作
 マスコミは植草氏に対し、一貫して悪印象を植え付ける記事や番組を発信している。女性週刊誌『女性セブン』(集英社)は昨年「痴漢で示談7回の過去」という記事を出しているし、ABCテレビ『ムーブ』は同記事を紹介し、評論家の宮崎哲弥氏や大谷明宏氏が植草氏の性癖を酷評している。しかし、植草氏が民事訴訟を起こしているように、いずれも根拠のないことだ。
 植草氏に対する悪評の流布は、新聞も同じだ。例えばスポーツ報知は10月7日に植草氏の保釈取り消しを伝えた記事を出している。その中で、「『事件は警察のでっち上げ』『電車が揺れて手が触れ、勘違いされたのでは』などと往生際が悪い供述に終始していることが今回の逆転裁定の原因と見られる」と綴った。
 3月28日の『ZAKZAK』は、「ミラーマン植草DVDで犯行再現…コスプレも登場」と題する記事で第6回公判で弁護側が再現DVDを公開したことを紹介した。上映時間は検察側の要求により非常に短い時間しか許されなかったが、「『それでもボクはやってない』に足下も及ばないワンシーンだけの“超短編映画”」と酷評。このときの公判では、取り押さえた男性の一人(「私服」と呼ばれた男)が証言に立ち、検察側目撃者の証言に反し植草氏と会話しなかったと述べたが、記事はこのことに触れず、「『私が“突き出すからね”というとかすかにうなずき、納得したような感じだった』と、被告が犯行を認めるような行動をしていたことも新たに明かした」と結んだ。
 繊維鑑定の結果を報じた1月25日付の『ZAKZAK』は、「ミラーマン植草ピンチ…手にパンティー? 繊維」と題してスカート繊維との鑑定結果を「酷似」と報じている。「類似」からのさらなる飛躍である。パンティー素材に近い綿繊維が植草氏の手から採取されたとあるが、検察側目撃者はスカートの上からと証言している。おまけに、駅事務室で自殺を図ったことを「茶番劇を演じている」と書いている。
 「酔って覚えていない」という語句は初期報道で各紙に見られたが、植草氏はこのような言葉を使っていないという。「ミラーマン」という語句を連発すること自体が、思惑に満ちている。

マスコミは司法機関ではない。品川駅での事件を忘れていない多数の世論が植草被告を有罪だと思っているなら、有罪だとの印象で報道するのはしょうがないだろう。報道が事実でないとするなら、民事訴訟で戦えばいい。だが「植草氏が民事訴訟を起こしているように、いずれも根拠のないことだ。」とする根拠はない。訴訟を提起しただけで事実無根と証明できるわけではない。判決を待つべきだ。控訴せずに「冤罪」と主張している経歴を持つ被告にしては、やっていることがちぐはぐだが。


日本の独立阻む「国策逮捕」?
 マスコミ報道はこれまで、わが国が独立する機運を一貫してそいできた。占領期のウオー・ギルト・インフォメーション・プログラムで国民に劣等感を植え付け、石油メージャーからの脱皮を模索した田中角栄を金脈問題で失脚に追い込み、ロシアとのパイプを構築しつつあった鈴木宗男氏を嘲笑の的にした。マスコミがキャンペーンを始めたら、米国あたりからの力が働いてる証しだと思ってまず間違いない。
 植草氏といえば、米国の要求に従った小泉構造改革を一貫して批判してきた。2004年の手鏡事件は長銀をリップルウッドホールディングス社が落札した不当性を指摘した直後。今回の事件は、りそな銀行救済時に大規模なインサイダー取引が行われたと指摘した直後であり、前回事件の警察捜査の不当性を告発する本を出版予定だったと言われている。
 賢明な国民は、こうした背景からこの事件を疑っているはずである。記事を書くマスコミがこれらのことを念頭に取材しない方がどうかしている。
 そもそも、迷惑防止条例違反の容疑で4カ月も勾留(こうりゅう)されるのは、誰が考えても不自然だ。証拠隠滅の可能性も、逃亡の可能性もない。自宅と会社が強制捜査を受けており、会員制レポートを書くパソコンも押収されている。支援者の一人の自宅には警察が訪ねており、別の支援者は事情聴取を求められた。2人とも勝手に応援しているだけである。このこと一つとっても、国策逮捕であることを告白しているのではないか。
 植草氏の事件については、すでに本が出され、インターネットブログで公判内容が詳しく紹介されている。これらの情報に接すれば、マスコミ報道で培われた印象が偏見だと分かるだろう。いかなる判決が出ようと、植草氏が犯行にかかわっていないことを確信した。

 陰謀論。痴漢事件が国策逮捕。田中角栄が逮捕されたのは石油メジャーの陰謀で、ロシアとの太いパイプを持っていた鈴木宗男の逮捕もアメリカの陰謀。長銀を獲得した外資を批判し、りそなのインサイダー疑惑を暴いたから、でっち上げの痴漢事件で逮捕。スケールの大き過ぎる話だが、スケールの大きな話にしては、痴漢事件というのは安っぽすぎる。マスコミは、そんな陰謀論は展開しないだろう。陰謀論を言い始めたら、他のニュースの信憑性まで疑われてしまう。

 わたしは、植草被告の事件を取材していないので、彼が有罪か無罪かは判断しかねる。だが、記事を読むと、記者の主張は根拠の希薄な思い込みと、陰謀論まで繰り広げる妄想とで積み上げられている。わたしの反論は、結果的に、検察側の主張を擁護する形になってしまったが、検察の立証を崩すためには、この程度の反論に対する論理的な再反論の準備は必要だろう。このような記事は、植草被告への疑念を増幅させる効果はあっても、無罪を推定するのに十分な根拠に欠ける。あてずっぽうの援護射撃なら、しない方がいい。

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